どうか死なないでください

自殺誘発体質、というらしい。私服警官だ、と名乗る、いやな目つきの男たちに連れていかれた先にいた、医者だ、と名乗る、いやな目つきの男たちがそう言った。僕のことをだ。君は自殺誘発体質なのだ、と。君を見ているだけで、君の言葉を聞いているだけで、人は死にたくなる、そんな人間なのだ、と。なるほど、と僕は思った。なるほど、これまで僕は自分をツイてないヤツなんだ、と思っていたけど、そうではないんだ。これは体質だったんだ。
もちろん、最初は母親だった。僕が7歳の時だ。方法は首吊り。特に平凡で、トラブルもなかったのになぜ、とみな不思議そうだった。父は一晩で急に老人になったように見えた。父方の祖母は、子ども、つまり僕の目の前で自殺したことを、延々と罵っていた。僕は内容よりも、祖母の憎悪に歪んだ顔つきと、言葉のたびに萎んでいく父の背中がいやだった。祖母にやめてくれ、と言うと、親が死んだのに泣きもしない、無表情な気持ちわるい子どもだ、といわれた。僕は、そうだろうな、と納得したけれど、弔問にきていた隣家の子どもが祖母に抹香を投げつけて、隣家のおばさんが何度も謝っていた。
自殺にはストーリーが必要だ。母の時はそれがなかったから、みな、居心地悪そうに「どうして」と「なぜ」を繰り返していた。けれど、一回はじまってみれば後は簡単で、父の時は「なるほど、妻の自殺があったからな。そういうこともあるだろう」という感じで、みな、安心して、おもうさま悲しむことができた。僕が12歳の時だ。
幸い、といっていいのかどうか。父方の祖母と同居していたため、特に生活環境が変わることもなく、僕の人生は続いた。祖母は僕が嫌いらしく、滅多に口を利くこともなかったけれど、きちんと、父母の遺産を管理し、食事や掃除をしてくれ、生活を送らせてくれた。
14歳の時、隣家に住む幼なじみが自殺した。
15歳の時、担任の数学教師が自殺した。
こうして並べるとよくわかる。徐々に間隔は狭まっていく。「それは君の力が強くなっていたからだ」と20歳の僕に医師は言った。なるほど、と、僕は納得する。
16歳から18歳まで、僕は高校には行かず、時々バイトをした。イベント会場の設営なんかを手伝う仕事で、決まったメンバーといつも一緒、というものではなかった。たくさんの死に、不幸にも触れすぎた僕は、そのほうがよかったからだ。
18歳の時に、喫茶店でバイトを始めた。とても穏やかな、雰囲気のいい喫茶店で、仲のいい老夫婦がやっていた。1年間、勤めて、老夫婦が自殺した。僕は家から出ることをやめた。20歳になってしばらくして、祖母が病死した。そして、警官、と名乗る私服の男たちがやってきたのだ。
「なるほど」と僕は医者に頷いた。自分のせいで皆死ぬのではないか、と。そう思ったことは何度もある。確信が得られたことで、僕は安心していた。
ひとつだけ不思議なことがあった。生まれてからずっと一緒に暮らしてきた祖母は、なぜ自殺しなかったのだろう。「何度も自殺を考えたそうですよ」と医師は言った。祖母は神経科に通い、何度も自殺念慮を訴えていたそうだ。病院に通っているのは知っていたが、神経科、というのはリウマチとか、そういうものを治療するのだと思っていた。「けれど、自分まで死んでしまったら貴方が可哀想だ、死にたくない、とも言っていたそうです」意外だった。祖母は僕を嫌っていると思っていたからだ。「意志の強い方だったのでしょう」
僕はできれば解剖して欲しかった、つまり、自分が死ねば、もう人が自殺しなくて済む、とわかったからだ。でも同時に、きっと現代の政府は、そんなことはできないのではないかな、とも思った。だとしたら、もう一生閉じこめられて、他人と、つまり自殺を誘発するほどには、触れ合わずに済むようになるのだろう、と考えた。だから、自分は一生ここに閉じこめられて人に会わなくていいのでしょう、と、尋ねてみた。いいえ。医師はいやな目つきで言う。いいえ、貴方には、これから多くの人に向けて、その声を、姿を晒してもらいます。
いやな目つきの医師……といっても、それは複数人いて、1日ごとに、僕と話す医師は交代して、同じ医師が2度訪ねてくることはなかった。
多くの人に向けて姿を晒す、とはどういうことか、と毎回尋ねていたら、何人目かの医師が教えてくれた。僕の能力には、どうやら言葉は関係ないようだ。姿と、声さえ届けば、相手を自殺させられる。だから、これから君は、世界中に向けて、その能力を放つことになるのだ、と。それは強力な電波による放送ジャックのようなもので、たいへんに多くの人が見ることになるだろう、と。「あなた方は政府の人間ではないのですか」僕がそう聞くと医師は笑った。ハハハ、ちがうよ、ハハハ、我々はそんなものじゃない。それで、彼らがテロリストである、と僕にもわかった。
研究に、1年かかった。医師や警備員の何人かと、そして実験台として連れて来られた何十人かが、自殺した。彼らは実験の成果に満足がいったようで、今日、こうして、世界中の電波を乗っ取って、放送テロが行なわれることになった。


今、僕の声を聞いている人にお願いがあります。死なないでください。決して、自殺しないでください。死なないでください。
今こうして、僕の声を聞いている人の中に、一体、何人、僕の言葉がわかる人がいるのかわかりません。わかる人がいたら、お願いがあります。わからない人に向けて、その人たちにわかる言葉で、言ってあげてください。死なないでください。お願いだから、お願いだから、どうか、死なないでください。

平穏と幸福をもたらす終末教団


平穏と幸福をもたらす終末教団(以下「教団」)は、一般にいうカルト教団である。教団の教えによれば、この世は悪しき造物主によって生み出された歪んだ世界であり、しかし矮小にして善意ある神によって僅かな善意が残されている、という。そして、「正しく死ぬ」ことは、輪廻転生のサイクルにおいて、次のステージを上げることに繋がるのだ、という。こうして正しい死を繰り返すことにより人類は救済される、というのが教団の教えである。
正しい死、については、おおむね一般的な、つまりは平凡な道徳論に基づいた、“正しい生き方”をすることで得られるとされる。教団は特に危険視されるのは、その正しい死の中に、自殺が含まれるためだ。
自殺の積極的な肯定にくわえ、安楽な自殺を行なうための手段の提供を行なうことから、自殺幇助、あるいは殺人を日常的に行なう危険団体として、教団は警察からの厳しい弾圧を受けている。
教団によって提供される自殺方法は、薬物によるものが基本であり、苦痛なく、また死体の外観も保たれる、理想の自死であるとされる。教団の管理下によって行なわれる“正しい自殺”は、“正しい死に方”の中でもステージの高いものとして扱われるのもまた、教団の危険性を高くする一因である。
ただし、正しい自殺は、ステージの高い行ないであるがゆえに、この正しい自殺の権利を得るためには、厳しい規準を満たさなければならない。それは実際に、教団に入信し、自殺の希望を述べてから教えられる秘儀であり、一般に知られることはない。
未成年者(教団でいう成年は実年齢でなく魂の成熟度で計られる。もっとも、法律上の成年に達していない者が認められることは皆無であり、逆に魂の成熟が足りない、と成年を未成年扱いされることはある)は自殺を行なうことができない。どうしても希望する場合、教団から専任の教導者が任命され、希望者の魂の成熟を計るために指導を行なう。近年話題になりやすいいじめによる自殺などは、世俗の悩みとして自殺理由とは認められず、指導者による説話、あるいは教団の擁する教育施設で解消させる。教団側はあくまで、神聖な行ないである正しき自殺のための資格を満たすためである、と説明しているが、実際にはこれはスクールカウンセラーフリースクールとしての機能を持ったシステムである。
教団には精神科医も在籍しており、精神疾患による自殺企図に関してはこれを治療する。精神疾患による自殺の希望は魂の正しい願望ではないからだ。経済上の理由については、直接的な経済支援は少ないものの、自己破産、生活保護、といった手段についての解説、手続きの補佐を行なう。これらの理由は、宗教的に「程度が低い」ため、正当な自殺の理由として認められないためだ。
教団側は自殺の儀式を完遂した人間について発表しないため、正確な実体を把握するのは難しいものの、確認できたここ数十年に関して言えば、儀式を認められた“徳高き信者”は存在せず、自殺を美化、推奨するとして批難される教団は、実際には強力な自殺阻止団体として機能している、といわれている。


元ネタは魔法都市ライアヴェック2『緑の猫』。表題作。ファンタジーシェアードワールド小説集。自殺を希望する少女が、緑の教団、という自殺肯定教団に志願して……という話。猫を飼わされることになる少女が可愛い。

魔法都市ライアヴェック〈2〉緑の猫 (現代教養文庫 1292 アドベンチャー&ファンタジー)

魔法都市ライアヴェック〈2〉緑の猫 (現代教養文庫 1292 アドベンチャー&ファンタジー)

魔法都市ライアヴェックは、僕がはじめて読んだシェアードワールド小説。魔法使いとそのルールに特徴のある世界設定をネタにした短編が多かった。2巻には表題作の「緑の猫」をはじめ、いい話が多く、特にバリー・B・ロングイヤーの「幸運の紡ぎ手」は自分の中ではオールタイムベスト入り。ここに出てくる女帝が超可愛いので。
現在は絶版。10年くらい前に復刊ドットコムに投票した覚えが。