平穏と幸福をもたらす終末教団


平穏と幸福をもたらす終末教団(以下「教団」)は、一般にいうカルト教団である。教団の教えによれば、この世は悪しき造物主によって生み出された歪んだ世界であり、しかし矮小にして善意ある神によって僅かな善意が残されている、という。そして、「正しく死ぬ」ことは、輪廻転生のサイクルにおいて、次のステージを上げることに繋がるのだ、という。こうして正しい死を繰り返すことにより人類は救済される、というのが教団の教えである。
正しい死、については、おおむね一般的な、つまりは平凡な道徳論に基づいた、“正しい生き方”をすることで得られるとされる。教団は特に危険視されるのは、その正しい死の中に、自殺が含まれるためだ。
自殺の積極的な肯定にくわえ、安楽な自殺を行なうための手段の提供を行なうことから、自殺幇助、あるいは殺人を日常的に行なう危険団体として、教団は警察からの厳しい弾圧を受けている。
教団によって提供される自殺方法は、薬物によるものが基本であり、苦痛なく、また死体の外観も保たれる、理想の自死であるとされる。教団の管理下によって行なわれる“正しい自殺”は、“正しい死に方”の中でもステージの高いものとして扱われるのもまた、教団の危険性を高くする一因である。
ただし、正しい自殺は、ステージの高い行ないであるがゆえに、この正しい自殺の権利を得るためには、厳しい規準を満たさなければならない。それは実際に、教団に入信し、自殺の希望を述べてから教えられる秘儀であり、一般に知られることはない。
未成年者(教団でいう成年は実年齢でなく魂の成熟度で計られる。もっとも、法律上の成年に達していない者が認められることは皆無であり、逆に魂の成熟が足りない、と成年を未成年扱いされることはある)は自殺を行なうことができない。どうしても希望する場合、教団から専任の教導者が任命され、希望者の魂の成熟を計るために指導を行なう。近年話題になりやすいいじめによる自殺などは、世俗の悩みとして自殺理由とは認められず、指導者による説話、あるいは教団の擁する教育施設で解消させる。教団側はあくまで、神聖な行ないである正しき自殺のための資格を満たすためである、と説明しているが、実際にはこれはスクールカウンセラーフリースクールとしての機能を持ったシステムである。
教団には精神科医も在籍しており、精神疾患による自殺企図に関してはこれを治療する。精神疾患による自殺の希望は魂の正しい願望ではないからだ。経済上の理由については、直接的な経済支援は少ないものの、自己破産、生活保護、といった手段についての解説、手続きの補佐を行なう。これらの理由は、宗教的に「程度が低い」ため、正当な自殺の理由として認められないためだ。
教団側は自殺の儀式を完遂した人間について発表しないため、正確な実体を把握するのは難しいものの、確認できたここ数十年に関して言えば、儀式を認められた“徳高き信者”は存在せず、自殺を美化、推奨するとして批難される教団は、実際には強力な自殺阻止団体として機能している、といわれている。


元ネタは魔法都市ライアヴェック2『緑の猫』。表題作。ファンタジーシェアードワールド小説集。自殺を希望する少女が、緑の教団、という自殺肯定教団に志願して……という話。猫を飼わされることになる少女が可愛い。

魔法都市ライアヴェック〈2〉緑の猫 (現代教養文庫 1292 アドベンチャー&ファンタジー)

魔法都市ライアヴェック〈2〉緑の猫 (現代教養文庫 1292 アドベンチャー&ファンタジー)

魔法都市ライアヴェックは、僕がはじめて読んだシェアードワールド小説。魔法使いとそのルールに特徴のある世界設定をネタにした短編が多かった。2巻には表題作の「緑の猫」をはじめ、いい話が多く、特にバリー・B・ロングイヤーの「幸運の紡ぎ手」は自分の中ではオールタイムベスト入り。ここに出てくる女帝が超可愛いので。
現在は絶版。10年くらい前に復刊ドットコムに投票した覚えが。